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July 22 Wed, 2026

ライブ・パフォーマンスとトーク・セッション「deer revenge」

クリエイティブ融合コア

イベント・レポート
開催日:2026.05.30

メディア・テクノロジーから生まれる音の可能性を探るイベント「freq(フレック)」では、「芸術×科学による分野横断型高度クリエイティブ人材育成プログラム」DANC クリエイティブ融合コアⅠの一環として、写真家のホンマタカシをゲストに迎え、覆面バンド「deer revenge(ディア・リベンジ)」によるライブ・パフォーマンスとトーク・セッションを開催した。

イベント当日は、deer revengeによるライブ・パフォーマンスのほか、林 朋紘(九州大学大学院芸術工学府音響設計コース在籍)によるパフォーマンスを実施。また、後半ではPages | Fukuoka Art Book Fair主催者の東直子、城一裕(九州大学)が登壇者に加わり、トークセッションを実施した。

以下では、九州大学大学院芸術工学府の学生である山﨑涼介のレポートを交え、開催の様子を振り返る。

ライブ・パフォーマンス:deer revenge、林 朋紘
登壇:ホンマタカシ、東直子、林 朋紘、城 一裕(敬称略)


ホンマタカシは、広告や雑誌メディアを中心に活動を展開しながら、一貫して「写真とは何か」という問いを多角的に追求してきた写真家である。代表作「東京郊外 TOKYO SUBURBIA」(1998年/光琳社出版) では、高度経済成長以降に形成された均質なベッドタウンの風景を、静かな視線で記録し、日本写真史に大きな転換をもたらした。ホンマは、劇的な瞬間を重視する写真観とは異なり、どこにでもある風景や匿名的な景色を通じて、現代の都市や生活を映し出す。
2025年に東京都写真美術館で開催された展覧会「ホンマタカシ 即興」[註] では、写真、映像、音響、ライブ・パフォーマンスなど複数のメディアを横断しながら、近年取り組む「即興性」や「知覚」をめぐる実践を紹介した。代表的な作品に加え、カメラ・オブスキュラ[註] を用いた《The Narcissistic city》シリーズや、写真という枠組みを超えた活動を紹介した。

ホンマさんは、カメラ・オブスクラによる撮影と現像の過程における制御不可能性を「即興的」だと感じていると語っていた。しかし私には、それは「即興」というより「偶然」に近いように思われた──
わたしは、写真撮影そのものが本質的に即興的な行為だと考えている。(中略)── 写真撮影とは、その場の状況や感情に応じて行われる即興的な実践であるように思う。(林)

近年、ホンマタカシのイベントに頻繁に出没する謎の覆面バンドdeer revenge(ディア・リベンジ)は、フィールドレコーディングを下地に、エレキスチールギター、シタール、アナログシンセで描くサウンド・スケープである。本イベントでは、ホンマが北海道・知床で撮影した鹿猟の映像を背景に、グランドピアノとライブエレクトロニクスによるパフォーマンスを披露した。
ホンマは約10年にわたり知床で鹿猟を取材し、写真集『TRAILS』(2019年 MACK刊)などの制作を続けてきた。deer revengeという名称も、人間の営みによって「害獣」とされた鹿への共感から名付けられたという。

ライブ・パフォーマンスの様子。ホンマの背景に投影される映像は、猟師が解体後に雪上へ残した内臓を無人カメラで定点記録したもの。カケス、カラス、タカが時間差で現れ、自然の循環と時間の流れを静かに映し出す

ホンマさんは当初ギターとキーボードで演奏する予定だったが、録音スタジオにグランドピアノがあったため使用することにしたという。キーボードは鍵盤を押せば強弱にかかわらず加工された音が均一に鳴るのに対し、ピアノは演奏者の身体性や楽器固有の響きが介入するため、思い通りに制御できず苛立ちを感じたと語っていた。一方で、写真に関しては本質的に制御不可能なものであることを前提として向き合っているようにみえる──(林)

私的な記録 ── 日常からたちあがるサウンドスケープ

林朋紘(はやし・ともひろ)は、日常の中のありふれた音や風景に関心を寄せ、写真やフィールド・レコーディングを用いた作品制作を行う。2025年には山元汰央(九州大学芸術工学部メディアデザインコース在籍)とともに、Artist Cafe Fukuokaが主宰する「ACFアカデミー」の派遣アーティストとして選出され、台湾・台南のアートスペース「絶対空間 Absolute Space for the Arts」で展示を行った。

今回のパフォーマンスでは、「私的な記録」をテーマに、フィールドレコーディング、生演奏、立体音響を組み合わせた実践を試みた。大学近くの子どもたちが集うコミュニティスペースで、登校時間帯の街の音をアンビソニックマイクで360度録音し、その音源を九州大学の特殊録音棟に設置された8チャンネルの立体音響システムで再生。子どもたちの声や車、人の移動が交錯する音風景を空間全体に立ち上げるとともに、その音場に即興のピアノ演奏を重ねることで、録音された環境音と生演奏が交差するパフォーマンスを展開した。

ライブパフォーマンスの様子 会場を暗転させることで視覚情報を抑え、鑑賞者に聴覚情報へ集中してもらうよう設計した

ピアノの旋律が聴取の焦点(フォーカス)となることで、それまで背景として流れていた環境音へと聴き手の意識が導かれ、周囲の音との関係性が変化して知覚される──(城)

退屈さが導く、知の探究

日常のありふれた環境音や風景を見つめてきた林は、今回のパフォーマンスを通して、ともすれば「退屈」とされそうな環境音が演奏と重なり合うことで、別の聴こえ方を帯びてくる瞬間について語った。

ホンマもまた、劇的な出来事ではなく、郊外の風景のような一見すると変化の少ない対象を長く撮り続けてきた写真家である。淡々としたトーンや構成から「退屈」と受け取られることもある一方で、日常の細部や見過ごされがちな差異を浮かび上がらせる視線として読まれている。

トーク後半では、「退屈」を切り口に、ロサンゼルスのアートとカウンターカルチャーの思想的背景へと話題が広がった。ホンマは、Jim Shaw(ジム・ショー)、Mike Kelley(マイク・ケリー)、Raymond Pettibon(レイモンド・ペティボン)といった、1970年代以降のロサンゼルスで活動したアーティストたちを例に挙げながら、学校教育やアカデミズムが扱う「表の知識(exoteric)」ではなく、夢や神秘主義、都市伝説、禅、ペイガニズムといった「裏側の知(esoteric)」への関心が、創造性を支えてきたと語る。さらに、日本の禅思想が戦後アメリカのユースカルチャーやカウンターカルチャーに影響を与えた歴史にも触れ、制度や常識の外側を探究する姿勢が、新たな文化や表現を生み出す土壌になってきたとの考えを示した。質疑では、資本の流入によってカルチャーが均質化し、その土地固有の創造的な生態系が失われていくことについても議論は及んだ。

表現をつなぐ対話と技術

今回のイベントは、「Pages | Fukuoka Art Book Fair」の共同ディレクターを務める東直子による企画として開催された。東は、2009年の第1回「TOKYO ART BOOK FAIR」の立ち上げに参画して以来、企画制作や運営、国際協働プログラムなどを手がけてきた。現在は福岡と東京の二拠点を拠点に活動し、出版を起点とした展示やイベントの企画制作を通して、本と人が出会う場を国内外で広げている。ホンマタカシとはかねてから交流があり、福岡でアートブックフェア(以下、Pages)を立ち上げる際には、ホンマの一言に背中を押されたという。Pagesは、太宰府天目指し会場に独自の、独自の出版活動を行う約100組の出版社、アーティスト、デザイナーが国内外から終結し、アートブックを介して、さまざまな出会いや対話が生まれる場を目指している。

freqを企画/主宰する城は、今回のパフォーマンスを支えた立体音響環境について解説した。

ライブパフォーマンスでは、上下3基の同軸スピーカーを内蔵した柱状設備によって8チャンネルの立体音響環境を構成し、録音した街の音を空間内に定位させながら再生した。同軸スピーカーは低域と高域を同一軸上から再生するため定位が明瞭で、車や子どもたちの移動を立体的に再現できる。音響研究のための環境が、フィールドレコーディングとライブ演奏を組み合わせた実験的な表現を可能にし、芸術実践と研究が交わる場としての特殊録音棟の特性が体感できるイベントとなった。


以下には、本イベントに参加した学生によるレポートを転載させていただく。

まず,前半の林朋紘によるパフォーマンスでは,フィールドレコーディングとピアノ演奏という併置構造を鑑賞した。私の耳に届くこの2つの音楽は,時間性・空間性のそのどちらも異とするものであるが,不思議なもので,その聴取体験は独立である瞬間と,融和する瞬間とが繰り返された。フィールドレコーディングの音声は,記録としての側面が強く,時に叙事的であるが,ピアノの音に随従されたそれは,古い記憶(しかし私はそれを全く経験していない)を思い起こすときのような,情感に満ち満ちたものとして聴こえてきた。すると,今ここでグランドピアノと演奏者を目の前にして,座っている〈鑑賞者〉としての私から,何かがふわりと遊離していく感覚があった。すなわち,それは私自身が〈経験者〉たる錯覚であった。これが意味するところは,経験あるいは記憶というものが,単なる客観的事実の羅列と整序の結果ではなさそうだということだ。仮に,叙事的なフィールドレコーディングのみを聴取したとすれば,私は確かに「その収録環境に今いる」ような感覚は得られるかもしれないが,それをかつての遠い記憶であって,私はその〈経験者〉であるという風には思わないことだろう。本来は,現に聴くピアノの音色によって,まさしく現実に引き戻されそうなところ,むしろより深く身に覚えのない回想へと誘われる。確かにこの効果を支えているのは,8チャンネルのスピーカーといった技術的側面も大きいだろうが,私はそれを演奏に先んじて知る必要はないと思う。

後半のホンマタカシのパフォーマンスは,実のところ集中力を完全に欠いていたため,これといった印象がない。というのも,スクリーンに映し出された映像で,小鳥たちがついばんでいるソレが何であるのか気が気でなかったのだ。私はずっと人間の頭部だと思い込んでいた。いや,まさか。という疑い半分,しかし見れば見るほど〈最悪のモチーフ=人間の頭部〉としか思えなくなっていた。結局,ソレは狩人の手から自然に供された鹿の内臓であった。林朋紘の併置構造と,ホンマタカシの併置構造を照合させたかったが,気もそぞろであった私にはその余裕はなかった。しかし,ソレの正体が明かされて以降のトークから,多少の学びもあった。ホンマタカシの語る「即興」の概念である。私は,鹿の内臓を映す数時間の映像に,舞台や戯曲のようなものを見出した。それは,カケス→カラス→タカという大きく章立てされた場面転換から,カケスたちが競うように内臓をついばむ様子,度々聞こえてくるカラスの声,文字通り鷹揚なるタカの姿,雪に打ち捨てられた(ただし投棄・廃棄ではない)内臓を映す固定化されたアングル,そのどれもが舞台演出のようであった。しかし,まさしくそれは「即興」であった。用意されているのは,雪原というステージと鹿の内臓というモチーフである。映像としてのポリティクスは措いておくとして,カメラマンは演劇の場を設け,そこで繰り広げられる即興演劇を淡々と映し出していたようだった。そのように考えると,映像を背景に主役としてパフォーマンスをしていたのではなく,彼らはオーケストラピットの演奏者であった(それが即興であるかどうかは措いておく)。

そして,私は〈観客〉であった。それは,実際に私の注意がほとんど映像に向けられ,音楽に傾聴する余裕が削がれていたという事実をもってして,妙に納得させた。

林朋紘は,フィールドレコーディングとピアノの楽音の併置を,ホンマタカシは,事前に撮影された定点映像とノイズミュージック(音楽のことはさっぱりなので正しいカテゴリーか不明)の併置を試みたわけであるが,実際に私の身に起きた現象は,私の感じた限りにおいて随分と異なるものであったようだ。しかし,これらは非常に短絡的な解釈であり,かつ何のリファレンスにも依らないものであるので,もっと時間をかけて,丁寧に省察する余地がある。


プロフィール|

ホンマタカシ(写真家)
近年の作品集に「Portrait of J」(DASHWOOD BOOKS、SESSION PRESS)。2023年から2024年にかけて東京都写真美術館にて個展「即興」を開催。2025年の瀬戸内国際芸術祭ではUNHCRとの合同プロジェクトとして難民の撮影プロジェクト「SONGS―ものが語る難民の声」の展示を高松港にて開催。

林 朋紘(はやし・ともひろ)
2003年生まれ。九州大学大学院芸術工学府音響設計コース在籍。日常の中のありふれた音や私的な記録に関心を持ち、写真やフィールド・レコーディングを用いた作品制作を行っている。

東直子(ひがし・なおこ) Pages | Fukuoka Art Book Fair
2009年の第1回「TOKYO ART BOOK FAIR」の立ち上げに参画。以来、プロジェクトマネージャーとして、運営、企画制作、国際協働プログラムなどを統括。2012年から2023年まで雑誌『IMA』編集部に所属。現在は福岡と東京を拠点とし、2024年よりPages | Fukuoka Art Book Fairの共同ディレクターを務める。そのほか、国内外問わず出版にまつわる展示やイベントの企画制作などを手掛け、本と人が触れ合う場を広げている。

城 一裕(じょう・かずひろ) 九州大学大学院芸術工学研究院
現在の主なプロジェクトには,音・文字・グラフィックの関係性を考える「phono/graph」、参加型の音楽の実践である「The SINE WAVE ORCHESTRA」,音の再生の物質的・歴史的な基盤を実践を通じて再考する「Life in the Groove」、日本庭園の多様な側面をデータ化した新しい総合的アーカイヴを研究開発する「庭園アーカイヴ・プロジェクト」などがある。メディア・テクノロジーから生まれる音の可能性を探るイベントfreqを定期的に開催。