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June 30 Tue, 2026

DANCキックオフ・シンポジウム2026 レポート

2026年3月21日、九州大学大橋キャンパスの多次元ホールに、映像・音楽・プロダクトデザイン・建築の第一線で活動する作り手たちが集まった。「DANCキックオフ・シンポジウム2026 創る・伝える・深める」である。DANC(Design, Art, Next-generation, Creativity)は、文化庁の文化芸術活動基盤強化基金「クリエイター等支援事業」の支援を受け、芸術工学部がレガシーとして培ってきた諸領域を横断しながら、国内外で活動する作り手を育てようとする教育プログラムである。4月の本格始動を前に開かれたこの日のシンポジウムは、プログラムの三つのキーワードをそのまま三つのセッションの主題に据えていた。

統括の松隈浩之(ストラテジックデザイン部門 准教授)は全体構想として、制作を基盤に置きつつ国際展開を後押しすること、そして分野横断によって新しいものを生み出すことを、二つの軸に挙げた。文化庁参事官の小野賢志はビデオメッセージで、芸術と工学が融合し新しい取り組みが生まれる点にこそ意味があると述べている。一日を通して何度も立ち上がってきたのは、生成AIが創造の前提を書き換えつつある時代に、大学という場で創ることをどう支えうるのか、という問いであった。

本稿はこの問いを、もう一段別の角度からも引き受けてみたい。すなわち、いま各所でこの種のプログラムが立ち上がるのはなぜか、そしてDANCが在ることの意味は何か。その手がかりとして、本稿は後半で「起業家精神(アントレプレナーシップ)」という、いささか手垢のついた言葉を補助線に置く。ネグリとハートがこの言葉に与えた読み替えや、その源にあるシュンペーターの議論を頼りにしながら、シンポジウムの議論を丁寧に追い、その先に、このプログラムがこれから携えていくべき観点を探ってみたい。

────「人材育成」という時代の地層

DANCの正式名称は「芸術×科学による分野横断型高度クリエイティブ人材育成プログラム」という。この「育成」「人材」という語法には、ここ十年ほどの一つの時代の地層が刻まれている。

「人材」という言葉を書くたびに、私はある言葉を思い出す。作曲家でIAMASの学長も務めた三輪眞弘が、たしか卒業式の式辞で語り、のちに論考にも書きとめた一節だ。「人材」という響きは「木材」のようであり、それは教育において「人材」という言葉を用いることへの抵抗感を示した内容であった。三輪はこう記している。「人材」はその能力を発揮できる限られた場所でしか価値がないが、「人」はいつでも、どこでも固有の価値と可能性を持っている、と(三輪 2014)。人を素材のように勘定するこの語への違和感は、いまも私のなかに残っている。それでも本稿があえて「人材」という語を手放さないのは、その語がいま置かれている時代の力学を、まず正面から見つめておきたいからである。

その力学は、ここ十年ほどのあいだに、いくつもの政策や制度の言葉となって積み重なってきた。一つの結節点は2018年である。この年の5月、経済産業省と特許庁は「デザイン経営」宣言を公表し、デザインを単なる見た目ではなく、ブランドとイノベーションを通じて企業の産業競争力に寄与する戦略的な経営資源として政策的に位置づけた(経済産業省・特許庁 2018)。これを受けて2019年には「高度デザイン人材育成ガイドライン」が公表され、あるべき未来を構想し事業課題を創造的に解決する人材、すなわちデザインのスキルとビジネス・テクノロジーのスキルが結合し領域を越境する人材像が定義された(経済産業省 2019)。デザインは、産業の言葉で、そして人を育てるという言葉で語られるようになった。

その地層の最も新しい露頭が、現在進行形の新学部の創設ラッシュである。立命館大学は2026年4月、衣笠キャンパスにデザイン・アート学部を開設し、デザイン学を一つのディシプリンとして自然科学と人文・社会科学を横断する教育を構想する。東京大学は2027年秋、約70年ぶりの新学部「College of Design」を創設し、社会システムの変革を含む広義のデザインを核に、文理を越えた教育を国内外の学生へ英語で展開するという。岡山県立大学や札幌市立大学のように、一般大学でのデザイン学部設置も相次ぐ。学部という形だけではない。跡見学園女子大学は2026年4月、文京キャンパスに情報科学芸術センター(AISAC)を開設し、AIやデータサイエンスとアート・デザインが融合する産業・文化の台頭に応える文理融合の研究・教育拠点を目指す。さらに遡れば、2000年代後半のSTEMからSTEAMへの拡張、デザイン思考の普及、2017年前後のアート思考の流行といった前史がある。芸術やデザインを他の領域と横断させようとする社会的な期待は、2018年前後を一つの起点として制度化を加速させ、いま大学の組織そのものを組み替える段階に達している。

DANCはこの大きな波の只中にあるが、ただし重心はいくぶん異なる。経済産業省・特許庁の系譜が産業競争力や経営資源としてのデザインを語るのに対し、DANCは文化庁の事業であり、芸術と工学の交差点に半世紀立ちつづけてきた学府の蓄積を背景に持つ。制作を基盤に据えること、そして分野横断を旗印に掲げること。この二点に、新学部を新設するのとも、ビジネス人材を養成するのとも異なる、固有の位置がある。三つのセッションは、その固有性が具体的にどのような実践として立ち上がりうるのかを、登壇者それぞれの言葉で照らし出していった。

──── つくる:技術と表現の最前線

環境設計部門 准教授の岩元真明がモデレーターを務めた最初のセッションには、デジタルファブリケーションを軸に技術開発から施工までを一貫して手がける秋吉浩気(VUILD)、山口情報芸術センター[YCAM]で展覧会制作と舞台機構を担う太田遥月、自主制作からテレビアニメへと展開したアニメ監督のオカモト(TriFスタジオ、芸術工学部出身)、イッセイミヤケを経て独立し産地の技法を軸に活動する光井花(Hana Material Design Laboratory)、コクヨ出身で知覚をテーマにプロダクトを設計する矢野宏治(83Design)が並んだ。

岩元はまず登壇者に3分ずつの自己紹介を求め、一巡したあとでまず拾い上げたのが、オカモトの述懐だった。学部の自主制作からアニメを作りつづけ大学院に進んだが、中間発表でアニメ制作を「それは研究ではない」「それは社会貢献ではない」と言われ、答えを見いだせずに中退したという。「アニメって結局その社会貢献なのか、っていうのはずっと考え続けてはいる」。同じ壁にぶつかる学生を支えられる環境があるといい、と彼女は続けた。岩元はこれを今日の主題として受けとめ、論文や成果を求める従来の大学のしくみに触れつつ、芸術工学部では作品で修了できる道を広げたいと応じた。作品で評価される環境をどう用意するか。この問いがセッション全体に通底していく。

岩元が秋吉に話を振ると、秋吉は出身である慶應SFCの標語「未知なるXを作りなさい」を引いた。卒業までに自分の職業そのものを作れという方針のもと、就職活動ならぬ「装職活動」をしたのだという。海外の学会に自費で発表に来る各国の若者たちと出会ううちに、「日本の大学や大学院にいる中で、マイノリティじゃないってことに気づいた」。国内では仲間の見つからない狭い関心も、世界に出れば確かな共同性を持つ。彼はそれを「グローバルニッチ」と呼び、財源についても「今ここにいる人たちで全部予算を使い切るぐらいの勢いで、バンバン外に出ていったほうがいい」と学生たちを煽った。

次に議論は「学生という時間」について向かっていく。光井は、学生なら人は時間を作って会ってくれ、普段は見せない施設にも入れてくれるため、学生は「すごくお得」だと述べる。多摩美術大学時代、バナナ繊維のプロジェクトでラオスやフィリピンの村に通った経験を挙げ、それが今の仕事に直結せずとも「将来の引き出しの箱を増やしていく」ことにはなった、社会に出るとその引き出しを増やすのは難しい、と語った。

また太田は工房という場の話で、どの工房にも必ずいる「よくお喋りをするおじさん」、つまり設備を管理する職人から学ぶことを勧め、メンターを「踏み台にしてでもいいから」動くエネルギーを説いた。彼女自身は、メディアアートにつきまといがちな「暗くてカッコいい」空間像をあえて壊し、明るく順路を持たない「怖くない作品」を作ってきたという。

外へ出る、先人から見て学ぶ、使い切る。5人の経歴はばらばらでありながら、共通の底流が浮かんでいた。コクヨから独立した矢野は、自らの20代を「もがく」と振り返り、「学びたいなとか、違和感があるなとか。そういう気持ちの受け皿として、デザイン学部があったら素敵だな」と述べる。後半、岩元が「これから何を作りたいか」と問いに切り替えると、話題は一気にAIへ傾いた。口火を切った矢野は、道具は猿が骨を持った瞬間から人間の欲とともにあったが、これからは「AIのための道具」、AIが自律的に動くための体験を考える日が来る、と語る。秋吉は「この数ヶ月やばいですね」と応えた。新しい道具の登場で、かつて数億を投じても作れなかったものが一瞬で形になる。「本当になんか戦が始まったな」という感覚を語りつつ、時間のある学生こそ最先端を遊びこなせる、と繰り返した。

その流れで岩元が、手の痕跡が色濃いオカモトの作品はこれからどうなるのかと尋ねる。オカモトの応答は、このセッションで最も静かで、最も遠くへ届くものだった。アニメは「どこまで行ってもなくてもいいもの」だが「あるとちょっと日常が豊かになる人もいる」コンテンツだと思う、と彼女は言う。生成AIで個人が高品質なものを作れる時代に、いまいるアニメーターはどうなるのか。そう自問したうえで、結局「人間面白いな」に行き着く、だから「作り手そのものの生き様をコンテンツとして見せていくしかないのかな」、誰か一人でも参考にしてくれる人がいたらいい、と述べた。

その後、光井が、テキスタイルの現場から一連の議論を締めた。AIの介入はこの分野では遅いほうだが、面白いのは逆の動きだという。最新の技術が発達するほど、ディオールのようなブランドは「手で人が作っているかどうか」を問うようになり、職人が手を動かす様子こそをブランドの価値として打ち出す。彼らとの仕事では、機械の工程ではなく「私が最初に手でスケッチするところを撮りたい」と言われ、わざわざアトリエまで撮影に来たという。彼女自身も、手で積み上げる仕事へと回帰しつつあると語った。

岩元は、200年前の産業革命が機織りから始まったことを引きながら、いままた手の意味が変わる時代が来るのかもしれない、と締めくくった。結果がいくらでも量産される時代だからこそ、手の痕跡、プロセス、そして作り手その人の固有性が前へせり出してくる。創るとは何かという問いに、その手ざわりで応えたセッションだった。

──── つたえる:作品を世界へひらく

人間生活デザイン部門 准教授の秋田直繁がモデレーターを務めた二つ目のセッションには、香港のM+などを手がけた小室舞(KOMPAS)、空港設計をライフワークとする田中渉(日建設計)、美容家電から広告コピーライティングへ領域を広げた迫健太郎(Panasonic)、テクノロジーで新しいコミュニケーションを設計する後藤萌(電通)、福岡の音楽文化醸成を担う松尾伸也(福岡音楽都市協議会/マヨナカ)が登壇した。

秋田は冒頭、前のセッションを受けて、AIを用いたものづくりも手仕事への再注目も「つくることから接続して伝えるところまで流れていっている」と述べ、つくると伝えるは切り分けられない、と口火を切った。自分の考えや作品を、人に届く形でどう伝えるか。これがこのセッションの問いだった。

まず小室が、建築という主題から伝えることを根底から捉え返す。建築は巨大で動かせないから、何かを作って発信するというより「プロセスが全てその伝える行為」なのだ、と彼女は言う。やや乱暴な言い方ですが、と前置きしつつ、「結局建築家って他人のお金で他人のものを他人に使って作ってもらうための間をやってるだけの人間で、正直自分たちでは何もできない」と述べる。図面も模型もパースも、施主・施工者・行政・市民という相手ごとに伝え方を変える道具にすぎず、「設計の仕事のほとんどが、実はどう伝えるかをやってる」のだという。秋田が、むしろ上手く伝わらない誤読のほうがベースかもしれないと受けると、小室は、公共施設では想定外の人まで関わるから余白を想像して設計する、いつのまにか自分が多様な要望の「モデレーターみたいになってくる」と応じた。この感覚は、彼女自身のキャリアにも裏打ちされている。就職がいきなり海外で、拙い英語しか使えないなかでも、「模型作ったりスケッチを描いたり、思考をビジュアルの形に出せると、言葉が拙くても内容が伝わって話が進んでいく」。物で伝えられることが言語の弱さを補い、インターナショナルなチームのなかでも意見を通す武器になった、と振り返った。伝えることは、言葉だけの勝負ではない。

後藤は「我々広告の分野って多分一番ディスコミュニケーションが許されない分野」だ、だからこそ「説明すれば伝わるってことを誰も信じていなくて」、受け手に余白を残す言葉をどう生むかがコピーの力になる、と述べる。「豆腐は白いです」と言って白さだけが伝わってもコピーにはならない、という例が議論を引き締めた。

これを引き取ったのが美容家電のものづくりから広告のコピーライティングへ移ってきた迫であった。伝えるという行為を「中身」と「届け方」に分けて考える。どんなに中身がよくても、相手がそれを受け取る構えになっていなければ言葉は届かない。相手が「あ、いいよ」と言うポイントは、しばしば内容そのものより手前にある。オンラインのプレゼンというだけで心を閉じる人もいれば、対面で来られること自体を嫌う人もいる。だから彼は、何を言うかと同じだけ、誰にどの経路で差し出すかを精査する。「営業マン的なその筋肉を使う」と彼が言うとき、それは伝達を相手の側から設計し直す態度を指している。中身を磨く力と、その中身が一番よく伝わる回路を見つける力は別物であり、後者を鍛えないと前者は宙に浮く。プロダクトと広告という二つの現場を行き来してきた彼の言葉には、作ったものと受け手のあいだに横たわる距離への、実務的な手ざわりがあった。

次に秋田から、文化の違う海外へどう伝えるかと話が挙がると、田中がデンマークでの経験を挙げ、BIG(Bjarke Ingels Group)のボス、ビャルケ・インゲルスは「お客さんが考えてる文脈とか問題設定の外から提案する」のがうまかった、と述べた。空港設計では欧米のコンサルが大きな物語を敷き、その上で欧米の建築家が提案する。だが、たとえば植栽にあふれた空港のような提案は「アジアの建築家しか提案できない」のではないか。後藤がこれを受け、文脈の外から提案するのは「本当に一番かっこいい」が、それはどんな文脈があり自分がそこにどう立つかを知ってこそできる、と応じた。彼女が会社のインターン生に必ず伝えるのは、たった一つ、「自分が何を感じているかを絶対に取り逃さないでください」。世界に対してまず自分がどう感じるか、その自分と世界の差をどう埋めるかが、作ることであり伝えることでもあるのだ。

伝えるという主題に、もう一つ別の時間軸を持ち込んだのが松尾だった。福岡で音楽イベントの場づくりに携わり、福岡音楽都市協議会の活動を通して街の音楽文化そのものを耕してきた彼にとって、伝えるとは一回のプレゼンや発信で完結するものではない。自分は「真綿系」だと彼は言う。遠くの的を一発で射抜くやり方ではなく、目の前の相手に時間をかけて丁寧に応えていく。一度仕事をすれば「あ、そういうもんか」と分かってもらえ、そこからまた次の声がかかる。その積み重ねでしか、信頼も文化も育たない。だから、届けたい相手が個人ではなく街であるとき、伝えることは、ひとつの作品を遠くへ飛ばすことではなく、人と人、場と場のつながりを少しずつ編み足していく営みになる。即効性のある発信が重んじられがちな時代に、彼の「真綿系」という言葉は、伝えることのもう一つの速度を静かに指していた。

秋田はセッションを学生への率直な言葉で締めた。教員に向けて課題を作るのではなく、その背景にある広い世界を見て制作してほしい、コースを越えた人脈が後に「自分だけの物語」として効いてくる、と語りかける。伝えるとは、完成物を発信することではなく、相手を巻き込み、既存の文脈を編みなおす営みである。国際展開とは、その外の文脈へ分け入っ ていくことにほかならない。

──── ふかめる:批評・研究・キュレーションから

音響設計部門 准教授の城一裕がモデレーターを務めた最後のセッションには、AIと創造性を往復してきた徳井直生(Qosmo/Neutone)、工業デザイン教育を受けずに工業デザイナーとなった髙野潤(iD4、芸術工学部出身)、建築出身のキュレーター本橋仁(金沢21世紀美術館)、ゲームデザイナーの簗瀬洋平(Unity)が並んだ。

徳井は、25年前にまさにこの建物で開かれたプログラミングと音楽のワークショップに参加したことを起点に語り出す。当時、AIと創造性を結びつけて考える者は研究室におらず、「大学に僕全然友達がいなくて」、AIで物事を最適化し精度を上げる人ばかりのなかで孤立していた。城が「孤立してましたよね。どうせ誰も分かってくれないみたいな」と合いの手を入れると、徳井はうなずく。「コンピューターを使って音楽を作るみたいなところで、分かり合える友達が初めてできて」。外に出ざるを得なかったが、それがよかったと彼は言う。大事なのは「まだ言葉になっていない、定義されていないような領域にどう飛び込んでいくか」なのだ。城が「運営側からするとハックしてくれともなかなか素直には言いづらい」とこぼし、会場の笑いを誘った。

髙野は、高専で赤点ばかりだった自分に担任が「道は一つじゃないから編入すればいい」と言ってくれたこと、3年次編入で芸工に入り、画像設計の教員が「それは僕のところに来ればいいんだよ」と受け入れてくれたことを語った。就活はもう終わっている時期で、雑誌で見たnendoに「本当にインターホンを押して」通い、何度も断られながら採用された。一貫していたのは「自分の好奇心とか興味を持つことを、やめない」ことだったという。城は、自分の周りにも「私は音響生なので」と自ら枠を作ってしまう学生がいる、その枠を作る理由を、このプログラムを通して解きほぐしたいと応じた。

次に本橋による議論は、歴史的な視座の重要性へと開いていく。彼が好きなのは大正期、クリエイターやアーティストが「領域を侵しながら侵犯しながら」別のメディアを自由に行き来していた時代だという。考現学の今和次郎たちもまた、芸術運動のなかで分野を横断していた。重要なのは「それを表現する場がちゃんとあった」ことだ、と彼は述べる。だから自分は美術館を、展覧会場ではなく「一つのプラットフォームとして捉え直す」。建築の外へ飛び出したかったし今も飛び出しているが、「実はそんなに扉に鍵はかかっていない」のだと言い添えた。

最も独特の補助線を引いたのは簗瀬だった。彼は、論文やデモを意図なく数多く世に出すうちに「あなたの研究ってこうですよね」と解釈してくれる人が現れる、それが世に出す価値だと言う。彼が著した「消極性デザイン」は、消極的な人を無理に積極的にすると失われるものがあり、人を消極的なまま活躍させたほうが有益な場面がある、という考え方だ。彼は自らの役割をこう語った。誰かに何かを否定されたら、即座に「いや、でもこういう説明の仕方はある」と差し出すこと。最初のセッションでのアニメは社会貢献ではないという話を受け、「社会貢献って0か1ではない」、こういう一面があると必ず説明できるはずだ、と。城はこれを受け、研究室に学生が紐づく従来のしくみでは教員が絶対的な権威になりやすいが、DANCでは複数の教員と外部のメンターが関わり、「人によって褒めるポイントが違ったりすると、学生も『あれ?』っていうので揺らぐ」、その上で何を選ぶかが学生自身の選択になる、と展望した。

AIをめぐる議論は、このセッションでとりわけ深く掘り下げられた。簗瀬がAIはプロトタイピングに便利だが、1000回出して一つ選ぶのと、人が直してその人のものにするのは違う、最後に仕上げて方向づけるのは人間だと述べると、城がジョン・ケージのチャンスオペレーションを引く。偶然から無数に出てくるものを最終的に選ぶのは作曲家であり、それはエキスパートがAIの大量の出力から選ぶのと近い、というわけだ。徳井はさらに踏み込んだ。「今の生成AIは僕は複製AIだと思っていて」、過去の学習データからそれらしいものを組み立てているにすぎない、というのが彼の見立てである。ケージのような実験音楽が未知を生むためにアルゴリズムを用いたのに対し、いまの技術は結果を複製している。「プロセスの複製と、結果の複製っていうのは全然意味は違う」。だからこそ、結果ではなくプロセスのなかで使える新しい楽器を作るのだと、彼は新会社Neutoneの思想を語った。本橋は別の角度から応じる。AIは必ず答えを返してくるが、自分はそこに生じるエラーやダミーの「狭間みたいなところにクリエイションを感じている」のだという。

終わりに、城が一人ずつ学生への言葉を求めた。徳井は、外へ飛び出したのは後から振り返ってそう見えるだけで当時は流されていただけだと打ち明けつつ、「未来予想図みたいな地図を作ろうとするんじゃなくて」、好きな方向を指す「コンパス」さえ持てば、彷徨ううちに後から一つの道ができている、と語った。髙野も、好奇心の向くほうへスッと入っていっただけだ、「道が一つじゃない」ことを大事にしてきた、と重ねる。本橋は、歴史をやっていると最適解は常に存在しない、「たゆたってると」その時に掴めるものがあり、たゆたっていた間のものがいつかまた次に活きる、深めると同時に「浅く広く」も大事なのだ、と応じた。そして簗瀬が、一つ深めると次へ行ける、DANCでこれまでの専門を深めてもいいし全く別のことを始めてもいい、人は「0から中級者になるのって結構早い」し上達は楽しい、と締めくくる。深めるとは、孤立した専門化ではなく、外部の視点が作り手を揺らし、たゆたいのなかで未定義の領域へ漕ぎ出していくことだった。

──── クロストーク:すきまと任意

3つのセッションの後、ゲストと学生・参加者が小さなグループに分かれてクロストークが行われた。報告された声は、プログラムへの期待と率直な留保の双方を含んでいた。

あるグループでは、AIを使って当然とされることが若い世代にはむしろプレッシャーになっているという指摘や、分野に名前をつけることが自らに限界を課しているのではないかという仮説が共有された。別のグループでは、登壇者の多様なキャリアパスへの驚き、作品を世に問うための締め切りの必要性、自分の担当領域の外にも口を出すというプロの文化への期待が語られた。普段は聞けない専門家の話に触れて視野が広がったこと、コースを越えたグループワークへの期待、そして示された4分野以外の領域もボトムアップで融合の対象になりうるのではないかという声もあった。

とりわけ注目すべきは、現役学生からの率直な留保である。「みんながみんな外へ行きたいと思うだろうか」「競争したくないかもしれない」という声に対し、登壇者は、外を知ったうえで選ぶことと知らずにいることは違う、と応じた。あわせて「まず制作環境を整えてほしい」「こうした設備があると知る機会が少ない、もっと早く教えてほしい」という、地に足のついた要望も率直に共有された。

これらの声は、プログラムを進めるうえでの示唆として受けとめたい。語られがちなのは華々しい成功事例のほうだが、むしろ失敗や、成功か失敗かも判断のつかない中途半端な実践にこそ、可能性と限界の両方が宿る。よく知られた事例だけが繰り返し循環していくとき、こぼれ落ちるものがある。

この視点を借りれば、クロストークで学生が口にした留保は、ノイズではなく、むしろ最も大切な手がかりとして立ち現れる。誰もが外を目指すわけではないこと、競争を望まない感覚、そして空調のような足元の環境。これらはいずれも、国際展開やトップを目指すという旗印のあいだに残る「すきま」であり、整いきらない手ざわりである。横断や越境が「視野が広がる」という心地よい言葉に閉じてしまえば、そこにあったはずの構造的な問いは見えにくくなる。だからこそ、横断を心地よさの語彙にとどめず、足元の環境や評価の仕組みといった構造の問いとともに進めることが、このプログラムが携えていくべき観点になるだろう。第3セッションで城が漏らした、運営側からは素直にハックしてくれとは言いづらい、という言葉も、同じ手ざわりを別の側から名指していた。制度として整えられたプログラムと、任意でひらかれたすきま。その二つをどう同居させるかが、これから問われていく。

閉会の辞で副研究院長の牛尼剛聡は、すべてのセッションで生成AIが繰り返し登場したこと自体が、それが創造の現場のリアルな問いになっていることを示していると述べた。創造とは何か、人間が表現する意味は何か。AIがインフラとなる世で、AIと協働し、あるいはあえて使わないことで新しい価値を生む人をどう育てるか。芸術と科学の交差点に立ちつづけてきた芸術工学の知が、いままさに必要とされている。つくり、つたえ、ふかめるという循環こそ、AIと共存する時代に求められる創造のかたちではないか、という言葉で、この日のプログラムは結ばれた。

──── プロトタイピングとしてのDANC

冒頭の「デザイン人材」の語法は、人を起業家として育てるという方向を強く帯びており、一人ひとりが自らの生の起業家であれという呼びかけは、いまや教育や政策の常識になりつつある。哲学者のアントニオ・ネグリとマイケル・ハートは、著書『アセンブリ』のなかで、この起業家という概念を新自由主義から奪い返し、人びとの自律的な協働、すなわち〈共〉のほうへ差し戻そうと試みた(ネグリ=ハート 2022)。彼らがシュンペーターから引くのは、起業家の本質は何か、という問いに戻りたい。いまこの種のプログラムが各所で立ち上がるのはなぜか、そしてDANCのようなプログラムが在る意味は何か。

2018年以降の「デザイン経営」と「危険を引き受けることでも生産手段を所有することでもなく、既存の要素から新たな結合を生み出すことにある」という定義であり、協働それ自体が個の総和を超える新たな生産力を生むという見立てである。彼らの言うマルチチュードとは、単一の指導者のもとに束ねられる集団ではなく、それぞれに異なる人びとが、固有性を保ったまま協働しうる群れのことだ。起業家精神は、卓越した個人の資質ではなく、その群れがみずからを組織する力として捉え直される。

この枠組みは、DANCの実践を読むための背骨になる。分野横断とは、シュンペーターのいう新結合の、教育における別名にほかならない。映像と音楽、建築とプロダクト、そしてその外側にあるグラフィックやファッションを掛け合わせ、複数の教員と外部のメンターが関わることで生まれる揺らぎは、指導を一人のカリスマから人びとの手へと開いていく身ぶりと響き合う。印象的だったのは、徳井直生が語った一場面である。25年前、この同じ建物で、AIと創造性を結びつけて考える仲間が学内におらず孤立していた彼は、外に出てはじめて分かり合える相手と出会えたと振り返った。創造の出発点が、孤高の才能ではなく、協働できる他者との出会いにあること。卓越した一人の起業家を目指せという励ましとは、明らかに手ざわりの違うその述懐は、この日くりかえし描かれていたものを、何より率直に言い当てていた。創造は、傑出した個人から一方的に発するのではなく、複数の人と分野が交わる場のなかから立ち上がる。

同時に忘れたくないのは、この回路を成功譚として語り終えないことだ。起業家精神を体現する事例としてしばしば同じ実践が繰り返し紹介されるが、本当に大切なのは、失敗や中途半端な実践に宿る可能性と限界のほうにある。DANCのようなプログラムを整った成功事例として消費しないために、クロストークに残った留保や、足元の環境への要望や、すきまと任意のような言葉を、このプログラムは手放さずに携えていくべきだろう。コロンビアの人類学者アルトゥーロ・エスコバルは、人びとが自分たち自身の世界をかたちづくる力を促進するデザインを構想し、そのために専門家が独占してきた言葉を手放すことを説いた(エスコバル 2024)。本稿のような記録もまた、その循環の一部になりうるという自覚のもとで書かれている。

こうして見れば、DANCの位置はいくぶん明瞭になる。それは、制度の外にある野良のすきまそのものでもなければ、新しい学部を一つ建てることでもない。むしろ、2018年以降この社会を覆ってきた「人材育成」という語法を内側から組み替え、起業家精神という言葉をもう一度ひらき直そうとする、未完のプロトタイプとして読むことができる。プロトタイピングとは、失敗を含み、未完のままで何度もやり直すことであり、それは第一セッションで作り手たちが語った、頭で考えたものをまず形にしてみるという制作の基礎の作法であると同時に、整った答えを急がずに、すきまと任意を残しながら関係を編んでいく態度でもある。

2026年4月、DANCは本格的に始動した。関連する授業やプログラムはすでに走り出し、海外提携校との国際ワークショップや、分野を越えたメンタリングの仕組みも、順に動き始めている。その場が、誰もが外を目指すための装置ではなく、外を知ったうえで自ら選びとり、未知の領域へコンパス一つで漕ぎ出すための場になりうるかどうか。学生たちの率直な留保も含めて、創造が立ち上がる場は、いままさにそのかたちを試しながら前へ進んでいる。


参考文献


開催概要

日時:2026年3月21日(土)13:00〜18:00(18:00〜20:00 懇親会)
会場:九州大学大橋キャンパス 多次元デザイン実験棟ホール
定員:100名 料金:参加無料(事前申込制)

タイムテーブル

13:00〜13:10 オープニング
13:10〜16:20 パネルディスカッション
16:20〜16:40 休憩
16:40〜17:40 クロストーク
17:40〜17:50 クロージング
18:00〜20:00 懇親会

登壇者

[セッション1 つくる]
秋吉浩気(建築家・メタアーキテクト/VUILD代表)
太田遥月(アーティスト/山口情報芸術センター[YCAM])
オカモト(アニメ監督/TriFスタジオ)
光井花(テキスタイルデザイナー/Hana Material Design Laboratory)
矢野宏治(プロダクトデザイナー/83Design代表)

モデレーター:岩元真明(九州大学芸術工学研究院 准教授/建築家) 

[セッション2 つたえる]
小室舞(建築家/KOMPAS) 田中渉(建築家/日建設計)
迫健太郎(デザイナー・コピーライター/Panasonic)
後藤萌(クリエイティブ・テクノロジスト/電通)
松尾伸也(福岡音楽都市協議会/マヨナカ)

モデレーター:秋田直繁(九州大学芸術工学研究院 准教授/プロダクトデザイナー) 

[セッション3 ふかめる]
徳井直生(アーティスト・研究者/Qosmo・Neutone代表)
髙野潤(工業デザイナー/iD4)
本橋仁(キュレーター/金沢21世紀美術館)
簗瀬洋平(ゲームデザイナー・研究者/Unity Technologies Japan)

モデレーター:城一裕(九州大学芸術工学研究院 准教授/アーティスト・研究者)